江戸時代にはソープもゲイバーも大人の淫具もあった! 学校では教えられない18禁「性の日本史」
初代将軍家康は後家好みだったそうだが、晩年ロリコンに目覚め48歳で14歳の側室を迎えてから次々に10代前半の少女に手を付け、末の子の誕生は65歳の時であった。
三代将軍家光は13歳にして数十人の小姓(主人の身の回りの世話をする少年)を抱えた男色家で、性愛をもって家臣たちとの主従関係を強めたという。
「生類憐みの令」で有名な五代将軍綱吉は両刀遣いで、大奥だけでは飽き足らず、城内に150人の美男を囲って、その名も「後門の宮」という男の園を作ったという。
十一代将軍家斉は将軍の座についてから50年間で正室と16人の側室たちとの間に53人もの子をもうけ、大奥の維持には年間で20万両(200億円相当)という幕府財政の4分の1が充てられた。
その精力の秘密はオスのオットセイの性器から作られた海狗腎という生薬だったという。
引用元
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170225-00356066-davinci-ent